横浜水道

横浜水道道の歴史

横浜市は海を埋め立てて街が作られているため、井戸を掘って飲み水にしようとしましたが、水が塩辛くて飲み水にはなりませんでした。そこで木製の水 道設備が作られたのですが、これもうまくいきませんでした。そこで、イギリス人技師パーマー氏の指導のもと、日本ではじめて近代水道が造られ、給水が開始 されたのが明治20年10月17日のことです。それまで横浜市の人口は、戸数わずか100戸ほどでしたが、人口は増加し街も発展していきました。また明治 23年から水道事業は横浜市に移り、市営として運営されるようになりました。横浜水道道の歴史は、横浜水道記念館でも詳しく知ることができます。

横浜水道記念館

明治20年に横浜市に初めて近代水道がひかれて、100年を記念して、昭和62年に造られた博物館です。近代水道創設から現在に至るまでの歴史を、実物やパネル、模型、映像、資料などで紹介しています。また水道に関する本やビデオも豊富に揃えてあります。
技術資料館では、技術的な資料保存や水道の移り変わりを展示しています。4階には展望室があり、横浜ベイブリッジやランドマークタワーなどが見渡せ、いこいの広場では、のんびりくつろぐことができます。

横浜水道道緑道

横浜水道道緑道は、横浜市に水を送るために造られた道で、歩行者や自転車の通路として使われています。昭和57年には、アスファルトやブロックで舗 装され、空き地には芝生や遊具を設置したり、ベンチには日よけをつけたり、植栽したりと整備されています。通行路だけではなく、コミュニティーづくりなど 多目的な緑道として利用者に快適な整備がなされています。
横浜水道道は複数の水路がありますが、緑道となっているのは、相模原市の津久井湖から城山ダムを通って、相模原沈殿池を経て、横浜市の西谷浄水場 へはこばれる道のことをいいます。相模原市津久井町にある横浜市水道局青山水源事務所を始点とし、横浜市保土ヶ谷区にある横浜市水道局西谷浄水場が終点と なります。

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